きっかけは「大きいものが作りたい」!
小さいころからビーズとか裁縫とかもの作りが好きだったんです。それから大学生になってなんとなく大きいものが作りたいなと思って、大きいものを作れる場所を探したんです。そうしたら舞台美術家の方がお手伝いを探しているというのを見つけて…。そこから舞台美術というものを調べていくうち大きいものを作っている人たちだということが分かり、そのお手伝いをしに行ったのがきっかけですね。手伝いを始めて見ると楽しいなと思えて、そのまま今までやっている感じですね。
教育学部でした。本当に全然関係なかったんですよ。だから美術の勉強もしたことないし、ちゃんとしたものを作ったこともなかったのでパソコンの使い方、工具の使い方、木材の選び方など全部先輩から教わりました。
学生の時からやっていたので5年目です。まだわからないことだらけで今でも全部先輩に聞いてます。先輩に怒られたことも何度かあります。
間違えたところでカット位置の数字を打ってしまったり…。1カット失敗するだけでも大きな損失になるんです。木材は決して安くないので、もう在庫ないよ!ってことになってしまったりしました。
自分と相性の合う人に巡り合えた
謎ですよね(笑)。両親にも「あんた何の仕事してんの?」って言われます。テレビのセットだったら大道具会社の方が作るのですが、私は小劇場や中劇場で会社に所属しているわけではないんです。
ずっと教育学部に通っていたのですが、2年生くらいで違和感を感じたんです。ここの空気とは合わないなーって思ってました。2年生の終わりくらいはもうこの世界に入っていたのですが、やっぱり好きなことややりたいことが似ている人とたちは合うんですよね。だから、自分と相性が合う人と知り合えたのがよかったなって思います。
学校に通いながらバイトしてという形だったんですか?
そうですね。でも最初の頃は給料はもらえず、サークルみたいな感じでやっていました。だんだんやっていくにつれて給料がもらえたりもらえなかったり様々でしたので、ほかにもバイトを2つ掛け持ちしていました。バイトや舞台美術のお手伝いを大学生の頃は多くやっていたので、授業は自分に必要な分だけを履修、という感じでしたね。
すでにこの頃には、舞台美術の仕事をやるもんだ、と思っていたのですぐフリーランスになりました。なので就職活動もしませんでした。最初は先輩の工房でお世話になっていました。先輩は上智大学の卒業生で、母校の演劇サークルの美術を作るためにお手伝いを探されていて、それを見つけたんです。そしてそれが終わったらまた違うお手伝いを探して、という風にしていたら、ここにたどり着きました。
大学のサークルで美術のお手伝いを探しているというお話はたくさんあるんですか?
そういうサークルの話は身内で済んでしまうことが多いので、あまり外部に募集が出ることはありません。先ほどお話しした先輩は上智大学の卒業生で作った劇団を持っていてそれで募集していたんです。本当にたまたまでした。
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薪能の舞台で黒子に
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サイズの確認のため、円柱の上に仁王立ち